yuuki_yoshino’s diary

ようこそ。自作の詩・随筆・小説・楽曲を置いておきます。

たんぽぽ 2

 コンクリートの裂け目に、一輪の花が立っていた。私はその姿に引き寄せられていった。遠くから見たとき、その花はホーム端の柵に取り付けられた電灯の光を背に、まるで劇を演じる主役のようだった。私は何かを確かめようとするみたいに、その花へ近づいていった。1mほどの距離で立ち止まり、その花を見下ろした。先ほどよりも遥かに小さい。今度は、逆光で真っ黒に見える花に、恐る恐る、相手の気持ちを思いやるように顔を近づけていった。すると、その花はあまりにもありふれた、平凡なたんぽぽであった。だが、こんな場所でもやつれずに、健康そうに見えた。このステージと、この電灯が無ければ私はこの花に注目することも無かったに違いない。自分のそういった雑な知覚が、どれだけのたんぽぽを見落としているか。私は、私が何か平凡な日常の中でとんでもない間違いをしているような感覚を持った。

 

 電車はもうすぐ来るだろう。私は電灯とその花に背を向けて、元のベンチへ歩いていった。自分の影が前に見える。少しづつ小さくなっていった。私は途中で何かを忘れたと思い、振り向いた。今度は、電灯の光がまぶしく、あの花は暗い影の中に埋もれていた。私は感謝の言葉を飲み込み、小さく小さく会釈をすると、今度は振り返らずにホームの中央まで帰っていった。

 空のペットボトルを自販機横のゴミ箱に捨てると、機械音声のアナウンスが響いた。そして私は電車に乗るとき、もう一度だけあの花の方を見た。しかしそれは、何の変哲も無い寂れた駅の景色であった。電車に乗ってそこを通り過ぎるとき、もう一度あのステージを見ようとしたが、やはり同じことだった。

 

 目的の場所までは、5駅あった。先ほどのことが、これからの私の顛末に何の効果も及ぼす筈がないということを考え始めていた。かくいう私もまた、あのたんぽぽの姿を思い浮かべることが出来なかった。