yuuki_yoshino’s diary

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映画「No Country for Old Men」を観て 3/5

カーソン・ウェルズ。彼はどこか調子外れではあるものの、社会欲に突き動かされて行動している。つまり、自らの有能さであるとか、立ち居振舞いの優雅さで人々から高く評価されたいと望んでいるのだ。彼がシガーを雇ったボスと契約を交わした後に言った、ビルの階数が1つ足りないという発言が先述の彼の特性を存分に物語っている。だが彼は同時に、シガーという人物の特性を正確に捉えている劇中唯一の人物でもある。彼が入院中のモスにシガーの人物像を語る場面で初めて、観客はシガーについての妥当な言語表現に出会うことになる。「彼の行動様式は金や麻薬といったものを超越している。」

 ウェルズは、モスに対して「シガーはお前の敵う相手ではない、楽観するな」と警告する。しかし彼自身もまたシガーに敵う相手ではないということを、彼は自覚していなかった。彼は、シガーがまさかモスと銃撃戦を繰り広げたホテルにのこのこと戻ってくるとは考えなかったのだ。だがシガーは待ち構えており、カーソンをあっさり殺してしまった。

 

 シガーという人物が他人と決定的に異なっているのは、外的世界の結果に目的を設定しないということである。冒頭にも書いたが、彼はただ自らの行動原理に徹底的に忠実であることのみを目的としているのだ。目的は金でもなく、殺しでもない。だから彼は自らが死ぬまで負けることがない。物語の最終盤で「モスとの約束を守って」妻のカーラを殺しに来る場面は象徴的である。

 

 この映画を傑作たらしめている第一の要素は、各登場人物にとって外的世界で起こる物事が完全に理不尽だということである。モスやベルにとってだけではなく、シガーにとってもそうだ。シガーの試みのうちいくつかは達成されなかった。まずホテル・イーグルにおける銃撃戦ではモスと金を取り逃がした上に足を負傷した。更に、モスをメキシコ人ギャングに殺された上に、金を持ち逃げされた。物語の最終盤ではコインの表裏を選ぼうとしないカーラに戸惑い、その上帰り道では信号無視の車に横から突っ込まれて重傷を負った。どの個人にとってもこの世界は不条理であり、意志と行為が外的世界に及ぼし得る影響は至って限定的である。その不条理な世界に対して三者が三様の行動様式をもって対峙するというのがこの映画の面白みだ。